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ムン・ジェインが「伽耶史復元」を政策として提唱 → その意向に沿って開催されたイベントが忖度だらけだった件

文在寅政権の「コード」に合わせて未検証の地域・遺物も「伽耶」(朝鮮日報)
 韓国の国立中央博物館(ペ・ギドン館長)で今月2日に開幕した特別展「伽耶本性-剣と絃(げん)」を巡り、学界が騒然となっている。博物館が今年の代表展示として野心を持って準備した企画で、しかも1991年に開かれた「神秘の古代王国・伽耶」以来28年ぶりの伽耶展として話題を集めた展示だ。ところが、いざふたを開けてみると「文在寅(ムン・ジェイン)大統領が国政課題として掲げた『伽耶史復元』にコード(政治的理念や傾向)を合わせようとして大惨事が繰り広げられた」という批判が浴びせられている。 (中略)

 伽耶史研究者のある大物教授は「各自治体が伽耶史復元に熱を上げる中で、誰も彼も伽耶だと大騒ぎしている状況だが、国立博物館がこれを改めずに郷土史レベルの展示をやった」として「それぞれの自治体でにこれを政治的に利用するはずなのに、その責任をどういうふうに取る気でこんなことをしたのか分からない」と舌打ちした。これについて、博物館のホン・ジング考古歴史部長は「論争がある遺物が明らかに交じっているが、昌寧や福泉洞の古墳などは新羅と伽耶の遺物が混在し、豆腐を切るように明快に区分できない」として「広い意味で伽耶を解釈しようとした」と釈明した。 (中略)

 展示のキーワードである「共存、和合、力、繁栄」についても、強引だという評が出ている。博物館は「幾つもの伽耶が一緒になって生き(共存)、数百年間共存を守ることができた理由が、鉄(剣)を扱う技術を持っていたから」と説明する。しかしB教授は「伽耶は平和裏に共存したのではなく、個別の幾つもの独立体が互いに優劣を争い、角逐しつつ離合集散を繰り返していった」として「それを共存や和合とみるのは時代錯誤」と指摘。さらに「伽耶圏が広がるなら無条件にいいだろうと思って乗り出しているが、冷静に言えば、日帝が語った任那圏域に後戻りしつつある」として「考古学研究者は、それを自覚すらできていない」と懸念した。大物教授は「伽耶が三国にかなわなかったことは世間で皆知っているのに、次々と過剰包装しようとして引き起こされた惨事」と語った。

 この展示は来年、日本にも行く。釜山市立博物館(4月1日~5月31日)を経て日本の国立歴史民俗博物館(7月6日~9月6日)、九州国立博物館(10月12日~12月6日)を巡回する。研究者らは「1991年の伽耶展後に蓄積された研究の力量を示すべきなのに、神話レベルの展示を持っていったら、笑いものになるだろう」と語った。
(引用ここまで)


 ムン・ジェインは就任当初から「伽耶の研究をしろ」言っていたほどで、やたらに伽耶にご執心なのですね。
 というのも慶尚道と全羅道には明白な地域対立がありまして。
 一から説明するのはかなり難しいのですが、高麗時代から全羅道にあたる百済出身者は差別されていたという経緯があります。
 それがさらに朴正煕時代にブーストされて現在にいたります。

 ムン・ジェインの師匠筋にあたるノ・ムヒョンも「地域対立の解消」をお題目にして出身地の慶尚道ではなく、釜山から国会議員に立候補してたりします。釜山の市長選挙に出たこともありましたね。
 おそらくはこれを思想として継承しているのでしょう。
 「伽耶史復元」の事業を行うことで、慶尚道と全羅道の両方にまたがっていたとされる古代の伽耶のように両者の紛争は終わり、統合が為されるのではないかというムン・ジェインの政策の一環なのです。

 ただまあ、強大な権力を持つ韓国の大統領が「伽耶史復元を優先して研究せよ」なんて号令を出したらこうなるよね、という典型例を見せています。
 伽耶については文献資料はほとんどなくて、むしろ日本書紀のほうに記述が多いくらいなもの。といったわけで主な研究は発掘品の研究になるのですが。
 実際に伽耶のものであるかどうかも不明な遺物を「はい、これも伽耶」「こっちも伽耶です」って話になるに決まっている。
 で、実際にそのように忖度された展示がされている、という。

 引用はしていませんが、「三国遺事に記述のある許黄玉と首露の結婚は記録に残る最初の国際結婚」なんて紹介のされかたも「統合」や「疎通」をお題目としたムン・ジェインの意向を反映したものなのでしょうね。
 問題は許黄玉が実在の人物とはとても思えないくらいなことですか。
 16歳にしてインドからはるばる伽耶にやってきた、なんていう逸話なのですが。
 雑多な記述でもなんでも収録している三国遺事とは異なり、正使である三国史記には「この記述、絶対やらかしがあるから採用しない」って書かれてるくらいのもの。
 ちなみに韓国では「インドからお姫様がやってきたのなら、そのときにチャノキを持ってきたに違いない」とされていて、そこから「韓国には紀元50年からお茶があったのだ。日本よりはるかに早かった」なんていう主張がされていたりします。

 でもまあ、この展示が日本に来るというのであればなかなか楽しみです。
 はるか彼方の千葉は佐倉まで行くとしましょうかね。

知っていますか、任那日本府 韓国がけっして教えない歴史
大平 裕
PHP研究所
2013/9/11

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