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いわゆる富田メモに対する疑惑まとめサイト Ver0.65β 06/08/08更新

08/08 軽く追記。
08/03 週刊新潮 富田メモは世紀の大誤報かを掲載。
07/23 日経新聞の姿勢を全文書き写し
07/23 その後の報道各社の反応を追記。
07/22 『なぜこの時期に?』を追記
07/21 『偽造? 誤報?』を追記

■日経新聞によるスクープ?

日本経済新聞から、2006/7/20にあるスクープが出ました(Web記事)。
元宮内庁長官である故富田朝彦氏の昭和天皇との会話とされるメモに「A級戦犯の靖国合祀に不快感」を示しているというもの。

全文を記します。
 私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
 だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ
(白取は白鳥の誤記か?)

 新聞・テレビ局各社はこのメモをそのまま報じています。
 しかし、このメモにはさまざまな疑惑があるのです。

 まず、一番鮮明になっている画像をみてください。

(クリックで大画像表示)
 手帳の右側に貼り付けてあるメモをテキスト化します。

                4.28 4
    前にもあったが どうしたのだろう
    中曽根の靖国参拝もあったが
    藤尾(文相)の発言。
    =奥野は藤尾と違うと思うが
    バランス感覚の事と思う
    単純な復古ではないとも。

    私は 或る時に、A級が
    合祀され その上 松岡、白取
    までもが、
    筑波は慎重に対処して
    くれたと聞いたが
・   松平の子の今の宮司がどう考
余そ  えたのか 易々と
りう  松平は平和に強い考えが
関で  あったと思うのに 親の心子知
係す  らずと思っている
もが  だから 私あれ以来参拝
知が  していない。 それが私の心だ
ら多
ずい  関連質問 関係者もおり批判になるの意

■疑惑のメモ……?

 まず、現在提示されている疑問を箇条書きにします。

1)昭和天皇の一人称
 プライベートでは「朕」を使用していたことが知られています。ここで『私』といっている主体は昭和天皇ではないのではないでしょうか。
【追記】 07/21
 07/21付けの日経新聞では33面で特集を組んでいます。この中で昭和天皇が『私』という一人称を使っている部分は他にはありませんでした。
 全体から見たとき、上記部分の『私は或る時に〜』という記述はなんとも唐突で、かつ浮いている印象を受けました。
【追記2】 08/08
 この一人称については、「昭和天皇が日常で「私」ということもあった」という指摘がありまして、それを確認しました。
 朕でなければおかしいという説は取り下げるべきでしょう。

2)参拝?
 神道の最高神である天照大神の子孫である天皇陛下が神社に「参拝」することはありません。この場合は「親拝」するとなるのでしょうかね? 「行幸」が正しいようですね。
 どちらにせよ『だから 私あれ以来参拝していない』とありますが、この場合『私』が昭和天皇ではないとしか考えられません。
【追記】08/08
 物を知らない輩が「宮内庁がサイトで参拝という言葉を使っている」ことをもって、参拝が問題ない言葉であるというように騙っているようです。
 しかし、宮内庁は陛下に対して謙譲語を使う立場ですから「参拝」を使って当然なのです(笑)。
 むしろ、宮内庁長官によって記されたはずの富田メモにおいて「参拝」という言葉がメモ中の『私』によって使われていることが不自然であることが裏付けられています。
 昭和天皇のお言葉であれば素直に「私はあれ以来行っていない」ていどでいいわけですね。「行っていない」をわざわざ「参拝していない」と謙譲語に書き直す必要はゼロ。つまり、この富田メモの中の『私』は確実に「参拝していない」と言ったことの傍証とはなるでしょう。

3)『あれ以来』とは?
 A級戦犯が合祀されたのは1978年。昭和天皇が最後に靖国に行かれたのが1975年。そして1988年になって『あれ以来』というのは言い回しとしてもおかしい。

4)『関連質問』とは?
 テレビなどでは報じられていないメモの最終行に『関連質問 関係者もおり批判になるの意』とあります。
 しかし、昭和天皇との会話でこういったプライベートな問題に対して宮内庁長官が質問をするものでしょうか? また、それを『関連質問』とメモに記すでしょうか?

5)発言の唐突さ
 1988年の天皇誕生日の前日、いきなりなんの前振りもなく話す内容としてかなり唐突であるように見受けられます。日経新聞7/21付けでは特集扱いをしており、他の発言も紹介しているのですが……なんとも唐突な発言であるように思われます。
【追記】 08/08
 特に『A級』という言葉が昭和天皇のボキャブラリーとして、非常に不自然に映ります。

6)メモの特異性
 産経新聞によると、数多い手帳の中でもこのようにメモが糊付けされて貼られているのはここだけのようです。確実にいえるのは、不自然であるということ。

 これらの疑問を統合すると、このメモに書かれている『私』とは昭和天皇ではないのではないかという疑惑が浮かんできます。
 では、誰なのかと考えたときに、ここにひとつのヒントがあります。
 当時の昭和天皇の侍従長であった故徳川義寛氏の意見です。テレビ朝日のニュースステーションのウェブページに靖国問題を取り上げた回のバックナンバーがあります。
 読みにくいのですが、こちらのページの一番下にも、引用されています。
 詳しくは徳川義寛『侍従長の遺言 昭和天皇との50年』を参照してください。
 これらのページによると徳川侍従長は、靖国神社に対して以下のような意見を持っていたとされています。
1)「松岡洋右さんのように軍人でもなく病死した人も合祀するのはおかしい」
2)「筑波さんのように、慎重な扱いをしておくべきだったと思いますね」
 上記のメモの中にある意見に相似しています。また、侍従長と宮内庁長官の間であれば『質問』することも普通にあるでしょう。一人称の問題も、また『参拝』という言葉に関しても問題がなくなります。  故徳川氏との会話をメモっていた……という可能性も充分にあります。
 こういった内容を考慮せずに、昭和天皇の言葉とするにはあまりに浅慮ではないかとも考えられます。
【追記】 08/03
 この故徳川氏の言葉との相似性は、徳川氏の長男までもがそれを語っています
【追記】 08/08
 故徳川氏が侍従長を辞したあとに侍従職参与として、4/28に初出仕していることが確認されています。

■偽造? 誤報?

 はっきりと言っておきますが、当サイトではメモの偽造論は無理があると考えています。筆跡についても筆記用具での違いていどは見受けられますが、それ以上のものではないと感じます。
 けっきょく、当該の『私は 或る時に、A級が 合祀され〜』というメモの前後が出てこないことには検証もままらないといえるでしょう。
 つまり、『私』とされている主体が誰なのか。現在、公開されているメモからではまったくわからない。それが06/07/22の現状です。
 これを昭和天皇のお言葉として、政治利用する輩をしっかりと見極めておきたい。そのための材料とはできるでしょう。
 また、このことをもって「メモが偽造」という印象を持たせようという勢力にも注意したいところです。

 このメモがとられたとき、富田氏と昭和天皇がふたりきりであったのか。
 あるいは昭和天皇はその場におられたのか否か。
 他に会話をしていた人間がいるのかいないのか。
 いたとしたら、その人は徳川氏であったのか否か。
 なにも検証されているようには思えません。ただの走り書きに近いメモを持って昭和天皇のお言葉とされてしまうことに危惧を抱くべきだと考えます。

■なぜこの時期に?

 なぜ日経からこのスクープが、この時期にという疑惑があります。
 今年の2月に判明した日経社員によるインサイダー取引があったのですが、この社員の強制捜査があるというのが7/20の産経新聞の一面記事でした。
 しかし、この「富田メモ」によって吹き飛ばされた感が否めません。
 あえてこの強制捜査にぶつけてきたのではないかという疑惑があります。

 また、それ以外に「手帳に比べてメモが白すぎはしないか?」といった物理的な疑問なども存在していますが、これらはできるだけ早くにまとめます。
 また、前後のメモが公開されるようなことがあればまた追記をしていく予定です。

■その後の報道各社の反応など

・産経新聞
 産経抄(7/22) - これには案の定、A級戦犯分祀派や首相の参拝反対派の政治家やマスコミ、それに中国、韓国が飛びついた。「お言葉」をタテに「A級戦犯を分祀しろ」「首相の靖国参拝はやめろ」の嵐である。「そんなに昭和天皇を敬愛されていたのですか」と、皮肉の一つも言いたくなるぐらいだ。

・朝日新聞
 21日社説 - だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。
 22日天声人語 - メモは一つの史料として冷静に受け止めたい。政治などの場で過大に扱うのも控えた方がいい。

・東京新聞
 21日 筆洗 - 「心の問題。行けとか行くなとか言われる問題ではない」と言い切る首相は、具体的な証拠で明らかとなった昭和天皇の「心の問題」を無視できるのか。
 22日特報 - 富田氏がどういう意図で書いたのか、可能な限り生前の本人の意向と関連資料を検討した上で世に出すべきで、このようなタイミングで出てくると、昭和天皇の発言の趣旨とずれた形で独り歩きする危険性がある。この日だけのメモの部分だけでなく、富田メモ全体の中で位置づけないと正確性は期せない。

・7月23日の新聞各社の報道は別ページに掲載しました。日経の富田メモに対する姿勢が書かれておりますので、それは全文テキスト化しています。

 なにやら各社とも急速に尻つぼみしているんですが……。

・関連書籍
侍従長の遺言―昭和天皇との50年(徳川義寛著)
昭和天皇独白録

オススメ書籍(不思議なことに日経から富田メモが発表された日が発売日)


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よかったら、このコンテンツだけではなくて本家も見てくださいな。
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