17世紀、日本と李朝の間で密貿易があった 2010年03月23日 カテゴリ:歴史関連 コメント:(5) タグ: 密貿易 朝鮮人参 日本鳥銃-刀-朝鮮人参、17世紀大韓海峡を行き来した(中央日報) 17世紀の日本李朝間の交易の話なんですが……あれ、普通。 日本の豪商から鳥銃、日本刀、硫黄を入手して、朝鮮人参を売っていたという話。密貿易で。 朝鮮人参は李氏朝鮮において数少ない交易可能品ですからねぇ。銀貨も同然。 充分にあったのではないかと思われます。なかなか面白そうな論文。 一応、韓国でもまともな歴史学者はいるのですよということで。 声が小さいだけでね。
対馬 2010年03月23日 14:34 1600年が関が原の合戦、1616年に秀忠が明以外の国は長崎・平戸だけを開港(鎖国の始まり)ですけど、対馬の宗氏は李氏朝鮮とも貿易を続けていたのは史実、資料共に残っています。 密貿易というよりは、おおっぴらな貿易だっとはず。 ただ、主体は「明:中華」との貿易です。 日本としては南蛮貿易の方がさかんでした。 でも、この「丙子胡乱」に言及するのは勇気が要ると思います。 だって、明を滅ぼした清を認めず、侵略され、大敗したから(負けたのは当然ですけど)で、明の属国になって、500回以上に及ぶ、朝鮮から清への朝貢使(朝鮮燕行使 金150両、銀700両の朝貢 後期は朝鮮人参を朝貢)派遣。 迎恩門の建立、161回に及ぶ、明の勅使を朝鮮国王は迎恩門で、「三跪九叩頭の礼」で出迎え、慕華館での妓生接待を余儀なくされたのですから。
対馬 :訂正 2010年03月23日 14:37 訂正:でも、この「丙子胡乱」に言及するのは勇気が要ると思います。 だって、「明」を滅ぼした「清」を認めず、侵略され、大敗したから(負けたのは当然ですけど)で、「清」の属国になって、500回以上に及ぶ、朝鮮から「清」への朝貢使(朝鮮燕行使 金150両、銀700両の朝貢 後期は朝鮮人参を朝貢)派遣。 迎恩門の建立、161回に及ぶ、「清」の勅使を朝鮮国王が迎恩門で、「三跪九叩頭の礼」で出迎え、慕華館での妓生接待を余儀なくされたのですから。
この記事へのコメント
対馬 2010年03月23日 14:34
対馬の宗氏は李氏朝鮮とも貿易を続けていたのは史実、資料共に残っています。 密貿易というよりは、おおっぴらな貿易だっとはず。 ただ、主体は「明:中華」との貿易です。 日本としては南蛮貿易の方がさかんでした。
でも、この「丙子胡乱」に言及するのは勇気が要ると思います。 だって、明を滅ぼした清を認めず、侵略され、大敗したから(負けたのは当然ですけど)で、明の属国になって、500回以上に及ぶ、朝鮮から清への朝貢使(朝鮮燕行使 金150両、銀700両の朝貢 後期は朝鮮人参を朝貢)派遣。 迎恩門の建立、161回に及ぶ、明の勅使を朝鮮国王は迎恩門で、「三跪九叩頭の礼」で出迎え、慕華館での妓生接待を余儀なくされたのですから。
対馬 :訂正 2010年03月23日 14:37
でも、この「丙子胡乱」に言及するのは勇気が要ると思います。 だって、「明」を滅ぼした「清」を認めず、侵略され、大敗したから(負けたのは当然ですけど)で、「清」の属国になって、500回以上に及ぶ、朝鮮から「清」への朝貢使(朝鮮燕行使 金150両、銀700両の朝貢 後期は朝鮮人参を朝貢)派遣。 迎恩門の建立、161回に及ぶ、「清」の勅使を朝鮮国王が迎恩門で、「三跪九叩頭の礼」で出迎え、慕華館での妓生接待を余儀なくされたのですから。
LOE 2010年03月23日 15:01
tatasu 2010年03月23日 16:16
大声で言うと袋だたきに遭いますわなw
巨乳女教師 2011年09月21日 04:22