韓国空軍が初めて独自製作したジェット戦闘機を持つようになった時期は、1982年9月。制空号を生産してからだ。制空号は、米国ノースロップ社のF-5E / F戦闘機を組立生産した機種である。ライセンス生産でもなく、単に部品を取り寄せ組み立てた制空号を以て全斗煥政権は大々的な全国民広報を広げた。世界最新鋭戦闘機を生産する快挙を成し遂げたアジアで日本中国に次いで3番目の航空機生産国になったと強調したが、すべて嘘だった。
韓国空軍がいまだに運用している制空号は、当時も世界最新鋭にすら近づくことはできなかった。当初の開発当時からこの戦闘機は2線級だった。米国の同盟国の輸出用に生産されただけで、米空軍や海軍は使ったことがない。訓練用にのみ配備しているだけだ。 1979年のキャンプデービッドでイスラエルとの平和協定を結んだエジプトのアンワルサダト大統領に米国が感謝の印として「F-5E / Fを供与する」と提案しようサダトが「時代遅れ5等級航空機」とこれを拒否した事例が有名である。エジプトが5等級と酷評していた戦闘機が3年が過ぎた後、韓国では「世界最新鋭の戦闘機」に化けたわけだ。
「アジア第3のジェット機生産国」も幼ない話だった。イスラエルはすでに1970年代にフランスのミラージュ戦闘機の設計図を盗んだ私の「クフィル」の戦闘機を生産しており、インドも数回のジェット機を研究、生産したことがある。韓国が82年からF-5E / Fを68台(単座型48機、複座型20機)の生産する前に、台湾は1974年10月から308機のF-5E / Fを生産した。特に台湾の後期型は機首部分がF-5G(後のF-20タイガーシャークに名前が変更)と形状が似ていて発展型機体との推測を生んだ。 第5共和国政権(訳注:全斗煥政権のこと)は明らかな事実さえ偽って広報して、外国、特に日本のマスコミの嘲笑を買った。
(引用ここまで)
記事自体はKF-Xが輸出できるかどうか、サーブ・ビゲンの辿った運命を見てみようという企画でして。
前半についてはそれに書かれていますが割愛。割といい記事なのですけどね。
このエントリでは「韓国の独自技術による戦闘機生産」にフォーカスを当てておきたいと思います。
制空号については日本語ではほとんど情報がありません。
検索するとシンシアリーのブログのエントリがトップに出るくらいです。
一部ではライセンス生産と言うことになっているのですが、この記事によると実はライセンス生産ですらなくアメリカで生産されていた部品を輸入して生産していたということのようです。
いわゆるノックダウン生産ですね。
ノックダウン生産については大韓航空が担当していたとのこと。
生産時期は1980年から1986年にかけて。
退役が進んでますが、まだまだ韓国では現役です。
当時、全斗煥政権はこのノックダウン生産したF-5E/Fを「韓国独自技術で生産された最新鋭ジェット戦闘機・制空号」として高らかに宣伝していたとのことなのですよ。
まあ、対北朝鮮との戦いがまだまだ現実的であった時代であるので、そういった宣伝をしなければならなかったという事情はあるのかもしれませんね。
んで、この頃から「韓国の独自技術で~」というのが冠言葉になっていたことに驚愕を覚えます。
三つ子の魂百までとはよく言ったもので、これがそのまま現代につながっているわけです。
こうやって喧伝しないと自尊心が保てないのでしょうね。
ちなみに円仁の日記にも「朝鮮からきた僧侶が『三蔵法師から教えていただいた話』を自分の話として民衆に説法している」っていう記述があって頭を抱えました。






