相互RSS募集中です

カテゴリ:歴史関連の記事一覧

韓国人「高句麗の王が日本を焦土化し、百済・新羅も日本に領土を持っていたのだ」……Ω ΩΩ<な、なんだってー

広開土太王陵碑「辛卯年」記述の解釈(蔚山第一日報・朝鮮語)
日本学界は碑文の「辛卯年」部分に大きな関心を示した。彼らは「倭が百済、新羅を攻撃して臣民にした」という文が碑文に出ていると解釈した。以後、これについての日本の学者たちの論文が湧き出はじめたが、ほとんどが広開土太王陵碑の「辛卯年記述」を『日本書記』の神功皇后が4世紀後半に玄海灘を渡って朝鮮半島南部地域を征服したという伝説的内容と関連して「任那日本府設立」を主張するものだった。 (中略)

この碑文の中の「百殘」と「新羅」は、日本の九州にあった「百済の分国」と「新羅の分国」のことだ。百済と新羅は朝鮮半島南部の人々が九州に渡って建てた小さな国々であり、「倭」は機内=倭の首都付近地域にあった大和、倭政府だった。「海を渡った」というのは玄海灘を渡ったものではなく、九州にあった百済と新羅の分国を打つために日本列島の内海である瀨戶內海を渡ったと見るのが正しい。

瀬戸内海は日本列島の本島と四国の間の長い内海で湖のように静かな海だ。本州の「国」や「京都」から九州に来るためには、必ずこの海を渡らなければならない。
(引用ここまで)


 おー、なるほどそうきたか。
 いわゆるトンデモ本のひとつである「大朝鮮帝国史」というものがありまして。
 そこには「大百済帝国」という地図があります。

 日本の西半分は「奈良百済」であり、黄海をはさんだ山東半島を中心として外百済が存在していた、というもの。
 「大朝鮮帝国史」は全5巻フルカラーのコミックです。アメコミを描いていた作家が韓国に帰国してから歴史関連のマンガを描きはじめるようになり、その集大成だとか。
 大朝鮮帝国史の表紙がこちら。

History_of_Empire_of_Korea.jpeg

 んで、大百済帝国の版図とされているものがこちら。

historyofempireofkorea_greatkudara.jpeg

 桓檀古記という偽書を大元としていて、古代から歴史の中心として動いてきた「輝かしい韓国史」を描いています。
 おおよそ、「輝かしい韓国史」の元ネタは桓檀古記。

 今回ピックアップした歴史コラムニストの「広開土王碑に書かれている『百殘』(百済)と『新羅』は、それぞれの国が日本の九州に渡り、飛び地として占領した地域のことだ」という歴史認識はこの「輝かしい韓国史」に基づいています。
 それ以外だと「漢四郡は朝鮮半島ではなく、山東半島にあった」(なお日本のせい)とか「黒い山葡萄原人が朝鮮人のルーツである」とか「韓国人は朝鮮半島で発生し、中国は関係ない」といった話が語られています。


 だいたいですがこうした「輝かしい韓国史」は「歴史学者」ではなく、「在野の歴史学者」によって語られます。
 最近になって「いい加減にしろ」とばかりに歴史学者からクレームが出るようになったのですけども。
 このペ・ジョンドクなる「歴史コラムニスト」も似たようなものでしょうね。
 今週になってもう一本、歴史コラムが掲載されていまして。それがこちら

[ペ・ジョンドクの歴史紀行]「任那日本府說」(蔚山第一日報)
広開土太王碑文の記録で広開土太王が日本列島を焦土化した時期がCE396年とCE400年だ。また、宋書に出てくる記録を見ると、倭五王が宋国に使者を送った時期がCE421~479年だ。この時は倭国に百済の擔魯(訳注:百済の地方行政組織。この場合は奈良百済のような「飛び地」)があった時期であり、倭五王は百済州擔魯の王たちだった。
(引用ここまで)

 広開土王碑で「広開土王が日本列島を焦土化した」ことになっているのだそうですよ。
 これはつまり、倭が朝鮮半島に上陸したのではないということ。
 上記のように百済、新羅の飛び地が日本の九州にあり、それを広開土王が日本列島にまで遠征して成敗した、という史観に基づいているのですね。
 ……まあ、草しか生えませんが。

 こんな「説」を大真面目で唱える「在野の学者」がいて、ローカル紙とはいえどもそれを掲載する新聞社があるのですよ、ということで。

Twitterで更新情報をお伝えしています。フォローよろしくお願いします。→

韓国でまともな報告書も出されなかった最大級の前方後円墳、30年後にようやく副葬品を展示……ただし、解説はほとんどなし

全羅道屈指の国宝級古墳、被葬者は倭人?百済人?(ハンギョレ)
「調査に行った墓が盗掘されていました!」

 学芸員のソン・ナクチュン氏は青ざめて電話をとり報告した。彼の頭の中は、少し前に目撃した、古代の墳墓の片側に開けられた盗掘の穴の惨状でいっぱいだった。30年前の1991年3月26日午後、ソン氏を始めとする国立光州(クァンジュ)博物館の職員たちは、全羅南道の咸平礼徳里(ハムピョン・イェドクリ)の丘にある6世紀初めの大型墳墓を測量するために向かった。7年前の1984年に発見された新徳古墳1号墳だった。古代日本特有の前方後円墳、つまり前方は四角で後方は丸い、鍵穴あるいは長鼓型の墳墓形式であり、その年の朝鮮半島における前方後円墳の最初の発見事例として報告された海南長鼓峰古墳とあわせて、学界の特別な注目を集めた。しかし、7年が経過しても実測さえ行われずに放置され、学界では正体をめぐる噂だけが広がった。事情を知る博物館の人々が溜まった宿題をするかのように実測を行うために向かうと、数日前に暴かれた盗掘の穴を見つけたのだ。 (中略)

 新徳古墳には、朝鮮半島の前方後円墳のなかでは最も多くの副葬品が残っていた。博物館も盗掘後の9年間に体系的な調査を行い、相当な研究成果を確保した。しかし、30年間も報告書を出さず、出土品の展示もなかった。理由はいわゆる「倭色」のためだ。二つの山の形の模様を立てる土台を着せた金銅冠や環頭大刀、三角形の鉄帽など、韓国と日本の学界ですぐに倭系だと同意する遺物が続々と明らかになると、4~6世紀に日本を統一したヤマト政権が任那日本府を設置し朝鮮半島南部を支配したとする植民地史観の歴史家や日本の極右の主張の根拠として悪用されるだろうという懸念が生じた。朝鮮半島の前方後円墳の研究も不十分な状況であり、公開した場合、日本の学界と論戦する相手になるのは難しいという心配もあった。

 そのような事情を考えると、7月19日から国立光州博物館で行われている新徳古墳特別展「秘密の空間、隠された鍵」(24日まで)と一歩遅れての報告書の発刊は、時すでに遅しだが、嬉しい知らせだ。朝鮮半島の前方後円墳についての初の企画展を設け、出土品を学界に全面公開する場まで用意したのは、考古学史上、意義深い事件だ。学界の研究能力が成熟したことを教えてくれるものだ。 (中略)

 そのような前方後円墳が、全羅道の西南海岸で現在までに14基確認されており、中心格である新徳古墳から、なぜ倭系の金銅冠や最高級品の刀が中心的な副葬品として出てきたのかについては、論争になっている。数が少なく期間も5世紀末から6世紀初めの50年に過ぎないが、被葬者が倭系の実力者だと解釈する余地が大きい。日本の学界で、ヤマト政権が朝鮮半島に影響を行使したという推論に飛躍されることもありうる。廃棄された任那日本府説をあえて提起する学者はいないが、長鼓型墳墓の研究成果の公開は、日本の学界との解釈の摩擦を呼ぶ可能性が高い。韓国内の学界も墓被葬者をめぐり、倭人説と現地人説、百済人説が交錯している。墳墓の形と構造、中心的な副葬品は倭系だが、もう一つの手がかりであるコウヤマキ製の木棺の遺物は、百済高位層の葬法だからだ。

 博物館の展示は、もっと積極的な解釈と説明の場を設けられなかった限界も示している。金銅冠と刀と大量の土器、棺材をずらりと並べて置いている遺物報告の形式に留まっているという話だ。前方後円墳については、韓国と日本の学界での議論がなぜ大きくなったのか、任那日本府が及ぼした影響は何であるのかなどについて、歴史的な経緯を詳細に解き明かし説明していない点がぎこちない。史料不足もあるが、長期的に落ち着いてファクトを蓄積し論議していくには、大衆に前方後円墳の歴史的実情を十分に伝え、被葬者の議論を進めていくべきではないだろうか。
(引用ここまで)


 これは面白い。
 見つかってから7年間、完全に放置されていた咸平礼徳里の新徳古墳が盗掘され、慌てて調査されたものの30年間、論文も出なければ報告書すら出ない。
 副葬品が展示されたこともなかった。
 なぜなら日本の考古学者との論争が怖かったから。

 それでも今回はようやく報告書が発刊され、国立光州博物館での展示が決まったと。
 ハンギョレでは「韓国の考古学会の成熟を示すものだ」としていますが、それだったら展示の際にちゃんと「倭系の副葬品である」という解説を出すべきだと思いますけどね。
 ま、そんなことはできないでしょうけども。
 韓国では「任那日本府」は完全に消滅した、とされています。
 記事中にもそのような話がちらと出てますが。
 かつて日韓歴史共同研究委員で韓国側の研究者から「任那日本府はなかった」とする論文が提出され、日本もそれを認めた……という設定になっているのです。
 実際には日本側からは「任那日本府という名称は後世に作られたものだが、日本の実体的な影響が韓国南部に存在した」という話が出ているのですが完全に無視。


 年に1度くらいのペースで日本から「任那日本府」やその類いの話が出ると、「日韓歴史共同研究委で否定されただろ!」って言い出すというパターンが定着しています。
 控えめにいって曲解。はっきり言ってしまえば捏造です。

 ま、それはともかく。
 日本側の調査もさせてほしいものですね。
 記事の写真にあるように完全に前方後円墳。すぐ近くには韓国でおなじみの土団子墳墓もあるようですが。
 比較検討とかもできるだろうになぁ。

 実際には朝鮮半島から渡来人、帰化人が日本に来ていたように、日本からも朝鮮半島に渡っていて影響を及ぼしていたということなのですけどね。
 日本書紀、中国の正史、朝鮮半島の三国史記にも「朝鮮半島南部に倭は進出していた」と記されているように。あと広開土王碑とかも。
 すべての資料が一点を指し示しているのに、韓国だけが無視しようと努力しているのですよ。 

 Twitterで更新情報をお伝えしています。フォローよろしくお願いします。→

韓国市民団体「アメリカの歴史教科書で韓国関連の記述は間違いばかりだ!」……「間違い」の中身をよく見てみると……

カテゴリ:歴史関連 コメント:(85)
韓国の宗教がイスラム教? VANK「アメリカの大学教科書による歴史歪曲深刻」(JTBC・朝鮮語)
バンクによると、昨年12月1日に発行されたバロンズ社の「SAT世界史の試験」3版には、百済が韓半島の南東にあり、百済の歴史は日本の歴史の一つと記述されました。

また、三国時代の期間を紀元後300年から600年までと半分以上減らして紹介し、1950年に勃発した6・25戦争は1952年に起こったと説明しているなど、10個の誤った事実が記述されています。

韓国の歴史と文化を間違って紹介したのはこれだけではありません。

同じ出版社が昨年8月4日に発刊した「AP人文地理学プレミアム」は、韓国の支配的な文化は、中国と日本文化と表記された。また、我が国の主要な宗教をイスラムと紹介されました。

他にも2017年4月カレッジボードが出版した世界史公式受験書には1875年以前の朝鮮が独立国家ではないかのように述べられ、1894年に勃発した東学農民運動を内戦と説明されました。
(引用ここまで)


 アメリカの大学生向け教科書で「韓国の歴史に関する間違い」が多数発見された……とのこと。
 んー、微妙。
 「三国時代の期間を紀元後300〜600年までと半分以上減らした」っていうのは、考古学的見地からの話じゃなくて韓国の「そうありたい史観」のものだからなぁ。
 韓国的には「百済の建国は紀元前18年、高句麗の建国は紀元前37年、新羅の建国は紀元前57年」ということになっているのですが。

 満州あたりの国としては存在していたけども南下していなかった高句麗はともかく、新羅・百済は4世紀前半の建国であることは間違いない。
 例の「楽浪郡は朝鮮半島になかった」説とリンクしている話ですね。
 中国の影響を最低限にしたい韓国人のお気持ちとしては、紀元前から朝鮮半島は韓国人だけのもの……ということにしたいのでしょうけども。
 「百済は日本の一部」という表記もちょっと……王子を人質として差し出しているところとか、まあなくはないのだけども。
 まあ、お気持ちだけいただいておきましょう。

 あと「支配的な文化は中国と日本のもの」というのも……まあ、そうなんですけどね。実際には。
 韓国人的には認められない部分なのだろうなぁ。
 「メトロポリタン美術館の展示で万里の長城が朝鮮半島にまで食いこんでいる、捏造だ」みたいな話も同様にVANKから出ているのですが。

 これも実際にそうだったとしか言いようがない。平壌のちょっと手前まで長城はあったのが確認されてます。
 ちなみにメトロポリタン美術館の展示は楽韓さんが実際に行ってチェックしてますのでそちらのレポートもどうぞ。
 韓国人には受け入れられない記述なのでしょうけども、世界の考古学的見地からはほとんど正しいのです。

 まあ、朝鮮戦争の勃発年の誤りとかは修正すべきでしょうけど。
 このあたりの間違いについては韓国への興味がそれくらいでしかない……ということでしょうね。

 Twitterで更新情報をお伝えしています。フォローよろしくお願いします。→

韓国の前方後円墳に本格的な発掘調査……直後に閉じられた理由とは?

朝鮮半島最大の古代の墓、開けた直後に閉じた理由は(ハンギョレ)
 朝鮮半島で最大の古代の単一の墓が、新年の始めについに開かれた。考古学者らは5~6世紀の日本の古墳とそっくりな墓の構造に驚き、すぐに土で覆われ再び埋められてしまったことにがっかりした。今年1月、国土最南端の海南(ヘナム)から聞こえた墓の発掘に続く覆土のニュースは、メディアには公開されなかったが、韓国国内の考古学界を騒がせた。

 この遺跡は、全羅南道海南(ヘナム)の北日面方山里(プギルミョン・パンサンリ)の長鼓峰古墳だ。6世紀前半のものと推定されるこの墓の外側の墳墓と石室内部が、去年10月から今年2月まで、馬韓文化研究院の発掘調査により約1500年ぶりに明らかにされた。驚くべきことに、石室は日本の九州の外海岸と有明海一帯で5~6世紀に造成された倭人貴族の石室墓と、構造はもちろん墓の内部への入口をふさぐ前に行われた祭祀の跡までほとんど同じだった。 (中略)

「日本の古墳で確認された祭礼の遺物と類似の内容物と配置が注目される」と、チョ・グヌ研究院長は説明した。墓の内部を直接調べた慶北大学考古人類学科のパク・チョンス教授は「九州の倭人の墓に入った時と印象がまったく同じだった」と述べた。 (中略)

 長鼓峰古墳は墳墓の長さが82メートル(溝を含む)、高さは9メートルに達する。皇南大塚などの新羅の慶州の大型古墳より大きい韓国国内最大級の墓だ。外見は日本で古代国家が成立する当時の墓の様式である前方後円墳(長鼓形墳墓)の形だ。(中略)日本の右派勢力は、4~6世紀に日本が朝鮮半島南部を支配したという「任那日本府説」を裏付ける物証だと主張した。韓国と日本の学界で、埋葬された人物の出身地が朝鮮半島か倭国かをめぐり大きな議論となった。 (中略)

墓の石室は2月末に再び埋められた。研究院側は「新型コロナウイルスの防疫のための措置で、5~9月に墓の周溝の追加発掘の後に一般公開を推進する」と明らかにした。しかし、一部では発掘による波紋も考慮したものだという見方が出ている。調査内容は、朝鮮半島の前方後円墳の墓の被葬者の議論を再び引き起こす公算が高い。過去20年ほどの間、百済政府の統制を受けた倭人官僚や傭兵という説と、日本に移住し現地の墓の文化の影響を受け帰国した馬韓人または百済人という説など、多くの推測が出された。長鼓峰古墳から九州の古墳と瓜二つの構造と鉄鎧の破片や鉄の矢じりなどの武器類が埋められた事実が確認されたのは、韓国国内の学界に負担になり得る。日本の右派学者が再び任那日本府説の根拠にすることがあり得るという懸念まで出ている。
(引用ここまで・太字引用者)


 全羅南道の海南は韓国の地図では左下。KTXの終点である木浦の南。
 まさに朝鮮半島の南西の端といったところ。海が近く湿潤気候なので韓国にしては珍しく古代から稲作が行われていた地域でもあります。
 古くは任那の支配地域、時代を下ってからは百済の支配地域となった場所ですね。

 さて、韓国で存在が判明している前方後円墳は10基ほどで、なぜか木浦あたりからこの海南地域に集中しています。
 当初は「日本の前方後円墳の起源が韓国に」として盛り上がったのですが、その後に造成時期が5世紀後半と確定してしまって日本から持ちこまれたことが確実視されています。
 日本の前方後円墳は箸墓古墳をはじめとした3世紀以降の造成ですから。

 そして、なぜ日本に近い釜山側や、任那の中心地であった南部の真ん中あたりではなく、この南西地域なのか。
 あるいは埋葬されている人物も分かっていません。
 なにも伝承がないのですね。
 ただ、記事の画像を見ても、内部の石積みのやりかたからなにから日本のものと同じ。
 単純に「前方後円墳」の外観だけを真似たものではないことが分かります。

 さすがにこれだけ材料が揃ってて「日本からの影響ではない」というのは無理。
 この規模の土木工事をするくらいの重要な人物が被葬者で、かつこの地域が日本からの影響を受けていたという証拠になるでしょうね。
 しかし「日本の右派学者にとっての材料となる」っていうのはなぁ……。
 まあ、韓国の歴史学というのはそういうものなのでしょうけども。

 2010年に日韓歴史共同研究委員会から出された報告書で韓国側から「任那はなかった」という論文がありまして。
 それをもって韓国メディアは「任那はなかった。これは日本側も認めたことで、その論を復活させるなどとんでもない」みたいな言い様をしているのですが。
 「歴史学」というものを理解していないのが丸わかり。
 彼らの中にある「日本人は韓国からすべての文物を教わった」という設定を消し去りがたいのでしょうね。


イギリス人「韓国はモンゴルの属国だった。テコンドーは中国に由来する。キムチを食う旅行者が日本海を東海と書き直している」→韓国人「歴史歪曲だ!!!」

カテゴリ:歴史関連 コメント:(114)
韓国モンゴル属国?英旅行ガイドブックに紹介された歴史歪曲論議(東亞日報・朝鮮語)
サイバー外交使節団VANKが最近出てきた英国の専門の旅行ガイドが韓国と韓国人を卑下したり、歴史を真剣に歪曲したと指摘した。

6日バンクは、英国の「ラフガイド」が発行したガイドブック「ザ ラフガイド・トゥ・コリア」を分析した結果、地域を差別する内容など36箇所でエラーを発見したと発表した。

このガイドブックの「大邱のリンゴ女性(Daegu's Apple Girls)というタイトルの記事では、「ソウルでいくらか過ごしてみた人であれば、大邱に住んでいる女性がソウルの女性と比較した場合、少なくとも数年後ほど遅れた服を着ていることがわかるだろう。これは大邱の古い保守主義の断面を明白に示している」という内容が出てくる。

また、韓国の文化と歴史の歪曲もある。このガイドブックは、「テコンドーは中国の唐に由来した」とし「ほとんどの韓国の武道は、中国や日本で起源のものから変形されたものである。テコンドーは中国の唐に由来されたし、三国時代に韓国だけの変形を経て有名な輸出品になってオリンピック種目になった」と説明した。

これだけではない。韓国の地図で鬱陵島管轄を「江原道」と表記しており、韓国の歴史年表中1248年の韓国を「モンゴルの属国」と説明した。東海地名表記の問題と関連して「世界地図の『日本海』という名前が『キムチをむしゃむしゃ食べる韓国旅行者』によって『東海』に置き換えられている」とけなした。

K-POPには「一般的に過度に甘い男、子供のいたずらのような女性のバンドを指していて、世紀が変わってミュージックビデオが配信されるに伴って、さらに扇情的に変わった」と説明している。
(引用ここまで)


 海外に「韓国の扱いはそうじゃない」とクレームをつけまくる官製クレーマー集団であるVANKがイギリスの韓国ガイドブックにクレームをつけています。
 んじゃま、ちらっと見ていきましょうか。

・大邱の女性は流行から遅れてる。
 んー、なんとも。主観の類いですね。

・テコンドーは中国の唐に由来する。
 ちょっと微妙。中国→沖縄→韓国であるのは間違いないのですが。
 直接の由来は松濤館空手であることも判明しているので「三国時代の変化を経て」という記述は間違い。VANKの望んでいる形ではないのでしょうが、誤りは誤りですね。

・鬱陵島を江原道管轄と書いた。
 江原道っていう地域があることが分かっていてえらい……そうじゃないのか。
 まあ、単純なミスではありますね。

・1248年の韓国を元の属国と記した。
 微妙。高麗が元からの侵攻を受けている最中なのですが、まだ属国というのは完全にではない。
 13世紀終わり頃には弁髪令ができたり、王子の育成は元で行われたり、王にモンゴル風の名前がつくなど属国はおろか、元における「高麗省」くらいの扱いになるのですけどね。
 年代だけであれば……微妙なところ。
 なぜか元と清という代表的な征服王朝(非漢人王朝)は朝鮮半島を征服するのですよね。事情や朝鮮半島の地政学的がよく分かってない、というのもあるのでしょうね。

・日本海呼称問題
 「キムチをむしゃむしゃ食べる韓国旅行者」によって日本海が東海と置き換えられている……正解ですね。英語での原文が見て見たい(笑)。
 大邱の話もそうなのですが、それなりに現代の韓国に詳しい人が書いている感じだなぁ。

・K-POPは扇情的
 まあ、アイドルグループにはそういう側面が常にあるもんじゃないですかね。
 韓国のそれはちょっと過度にアレですが。

 こういう扱いがいやでいやでたまらないのでしょうね。
 「偉大なる韓国をこのように扱うとは!」という

韓国人「中国が韓国の歴史や文化を簒奪しようとしている!」「世界の教科書でも朝鮮半島が中国の領土扱いに!」……実際のところをチェックしてみると悲しげな事実が……

カテゴリ:歴史関連 コメント:(135)
「朝鮮半島は中国に帰属」と海外の教科書に掲載された?(ノーカットニュース・朝鮮語)
東北工程は、過去2002年、中国が推進した東北3省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)の歴史と文化に関する研究プロジェクトである。

この研究プロジェクトは、高句麗・渤海など中国の国境内で展開されたすべての歴史を中国史にするための試みとして、国内では「抗米援朝」と同様に、中国での歴史歪曲を指す代名詞としてよく知られている。

リー・ズーチーの歪曲に東北工程論議まで重なり、ネット上では「中国の東北工程によって海外の教科書では高句麗を中国史として認識している」という内容の文まで上がってきた。

特に「オックスフォード教科書で漢時期、朝鮮半島まで、中国の領土で記録されている状況」という具体的な問題提起も出てくる。果たしてそうだろうか。

ファクトチェックの結果、海外の歴史教科書で、韓半島の歴史を歪曲したという主張は事実である。

実際オックスフォード大学出版社が発行した2000年版の教科書」Ancient Worlds(古代世界の)」を見ると、本の冒頭に載っている「古代世界の文明(civilizations of the ancient world)」の地図で韓半島を古代中国の領土として含まさせている。 (中略)

ただし、中国東北工程に起因する意図歪曲なのかについては専門家の意見が分かれている。 (中略)

「事実、世界中の国でこのようなミス、エラーは多く発生している。私達が把握しているかぎりでは東北工程が出る前から、このようなミスが出てきた」とし「発見するとすぐに修正を要請しており、歴史的な事実であるため、ほとんど受け入れられている」と付け加えた。

外国からの韓国史研究が不十分で行われたエラーであるだけで、東北工程による意図的歪曲はない説明だ。
(引用ここまで)


 中国の東北工程は主として「高句麗(とその後継国の渤海)は中国であった」という主張をしているもの。
 場合によっては新羅も東北工程の範疇に入ることがあるようですが。
 歴史的事実を見てみると、高句麗(渤海)が中国文明圏であったのは間違いない事実で高句麗はそもそもの成り立ちが朝鮮半島側ですらない。

 高句麗は現在の中朝国境となっている鴨緑江の北側から発生して、そこから朝鮮半島へと領土を拡大していったというのが実際。
 韓国側からしてみたら「中国の歴史歪曲」ってなるのでしょうが。
 中国からしてみたら「いや、中国で発生した国だし」ってことになる。
 渤海も扱いが難しいところですが、版図は現在の中国部分のほうが大きいくらいだしなぁ。
 当時の唐との関係性が難しいところだけど。

 で、その東北工程によって世界各地の教科書や歴史について書かれた本で「朝鮮半島が中国の一部として扱われるようになった」という言説が韓国にはあるのです。
 昨今の「キムチの大元は中国にあり」という話についてもその文脈で語られますね。
 中国が韓国の文化を簒奪しようとしているのだ、と。
 地図に関していうなら、たとえば「メトロポリタン美術館で万里の長城が朝鮮半島にまで食いこんでいる」とか、そういうアレですね。

 「歴史の教科書で韓半島(朝鮮半島の韓国での呼び名)まで中国の一部として塗られてしまっている!」というのも、東北工程の一部である……というように受け止められているのですが。

touhoku1 (引用元:上記記事)

 ただまあ……日本列島は明白にユーラシア大陸から離れているので視認しやすいので、めったにそういったことはないのですが。
 朝鮮半島ってそう大きいわけでもないですし。
 記事中にもあるように「元々そのていどの扱いだった」というのが実際で、東北工程が影響を及ぼしているわけでない、とのこと。
 そういう実態がまた韓国人にとっては気に入らない部分なのでしょうが。
 各国での博物館での扱いとかと一緒で。

韓国では地上波の歴史番組で、日本への憎しみを育てている……なお、その番組パーソナリティの末路が秀逸

韓国、「反日」エスカレートでついに米国も敵扱い(JBPress)
 そもそも、韓国から「反日」を取り去ることは、どう逆立ちしても不可能である。何と言っても憲法の前文で「悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓民国は、3.1独立運動により樹立した大韓民国臨時政府の法統を継承」すると謳っていて、のっけから日本との対立を掲げているのだ。だから韓国では、何かにつけて日本を批判することは、憲法の精神に則った正義なのだ。 (中略)

最近、ちょっと驚くような反日発言が歴史教育番組で繰り広げられているのを目の当たりにした。反日がまたワンランク、いや、ツーランクもアップしているのだ。 (中略)

 そうした先端的な歴史観を標榜しているのは、韓国史教育者として知られているソル・ミンソク氏である。見た目は若々しいが、1979年の朴正煕暗殺のときに小学生だったという話をしていたので、だいたい50歳前後と思われる。

 ソル氏は毎週日曜日の夜9時から、地上波であるMBCの歴史教育番組にレギュラー出演して、古代から現代までの韓国史を紹介している。 (中略)

 年末の12月26日の晩、テレビのチャンネルを回していると、ソル氏が日曜日でもないのに映し出された。しかも今回はtvNというケーブルテレビ局である。調べたところ、昨年12月に始まった毎週土曜日放送の「ソル・ミンソクの世界史まる裸」という番組である。 (中略)

 それから日本統治を終えた韓国は発展を遂げていることに触れたが、朝鮮戦争におけるアメリカ人の犠牲や、朴正煕時代に日米から受けた支援などについては一切触れようとしない。そして、番組を締めるにあたって、アメリカや日本に向けてであろうか、こうつぶやいた。

「私たち韓国人が良い暮らしをすることが、復讐なんだ」

 やられたから、やり返す。日本に対して延々とぶつけられてきた韓国式発想が、もはや、戦後の日本を救ったアメリカにも向けられるようになった。今の韓国では、そうした歴史観がお茶の間で広められていて、子どもたちはそれを鵜呑みにしてしまう。
(引用ここまで)


 韓国ではこのようにして洗脳と言っていい反日情報の刷り込みが行われているのだ、というお話。
 これは崔碩栄氏も著書の中で語っていたことですね。
 「反日教育を受けたことはない」といえるが「学校で日本に対して否定的な感情を持つようになった」っていう。

 で、日本を自陣営の一員として扱っているアメリカにもその矛先が向かいつつある、という指摘がされています。
 まあ、そういう部分もあるでしょうね。
 1919年建国を主張するムン・ジェイン一派にとっては日本もアメリカも自国を不当に扱っている国。
 そのような国とまともなつきあいかたをする必要はない、というのは韓国の左派にとって根底にある前提なのですよ。

 ま、それはともかく。
 この記事の最後にとてつもなく秀逸なオチが書かれていまして。

(追記)なお、ソル・ミンソク氏は、延世大学へ提出した修士論文の盗用が発覚し、12月29日にそれを認め、現在は番組を降板している。
(引用ここまで)

 ……秀逸だわぁ。
 完璧とすらいえますね。
 まあ、韓国では論文盗用は当然のように行われている日常茶飯事。

 「韓国広報専門家」のなんとかって教授もやってましたね。最近、取り上げなさすぎて名前忘れました。
 というか、天才少年も、首相候補者も、国会議員候補者もやっていたことです。
 一時期、論文盗用の話題を積極的に取り上げていた韓国メディアがあったのですが、尻つぼみに終わりました。
 なぜならきりがないから
 いやあ、それにしても秀逸なオチだったわ。美しさすら感じます。

話に「オチ」をつける技術
山田周平
ゴマブックス株式会社
2015-10-15

 

韓国議員が「伽耶展に『日帝植民史観』が仕込まれている!」と暴露……この記事、面白いですよ

韓国野党議員「中央博物館の『伽耶展』、日帝植民史観を持ってきた」(中央日報)
ペ議員は「任那日本府説に基づいたこの展示を見て(関連)専門家の間で大騒ぎとなった」とし、「展示で問題になった伽耶の年代表をみると、『三国遺事』『三国史記』『日本書紀』などを引用したという。「書紀」とは、日本書紀のことで日本の統治を受けたという任那日本府説を裏付ける日本植民史学者の私書だ。(「私書」と表現したのは)ごまかしだ」と話した。

ペ議員はこの展示が『日本書紀』だけに登場する国家を韓半島(朝鮮半島)の地図に伽耶7国と記したとし、これは韓国内の学説に相反するものとも主張した。

ペ議員は「予算まで増額した展示だが、委員会次元で監査院監査を求める。展示が開催された経緯を明らかにするため、予算支出の内訳を総合監査の前まで伝達してほしい」と求めた。これを受け、国立中央博物館のペ・ギドン館長は「書紀は学界で通称して使う縮約用語」とし「伽耶研究は過去と現在が非常に違う。日本書紀に関する問題は学者の間で見解が分かれる」と答えた。 (中略)

任那日本府説は日本が4世紀後半百済・新羅・伽耶を支配し、伽耶には日本府という機関を設置して6世紀中盤まで直接支配したという日本史学界の主張で、日本が韓半島の植民支配を正当な旧領土の回復として美化する根拠となる。日本の古代歴史書物である『日本書紀』の内容は任那日本府説の中心的な根拠に利用された。
(引用ここまで)


 引用した最初の段落が若干、意味不明になっているのですが。
 これは正確に訳すと──
「展示で問題になった伽耶の年代表をみると、『(三国)遺事』『(三国)史記』『(日本)書紀』などを引用したという。「書紀」とは、日本書紀のことで日本の統治を受けたという任那日本府説を裏付ける日本植民史学者の史書だ。(「史書」と表現したのは)ごまかしだ」と話した。
(引用ここまで)

 ──となります。んで、さらに「(「史書」と表現したのは)ごまかしだ」の部分ですがおそらく、「史書」の部分は「書紀」の言い間違いかなにか。

 展示で年表が飾られていて、そこに「これら年表は『遺事』『史記』『書紀』を引用した」と書かれていたのでしょう。
 で、ペ議員は「展示には『書紀』とだけ書かれているが、これは日本書紀を引用したことをごまかすためのものだ」という話をしているのです。
 それに対して展示を行った博物館側は「書紀というのは日本書紀を意味する短縮語」と話している、ということですね。
 韓国では日本書紀は偽書的な扱いを受けているので。
 その割には日本書紀や古事記にしか記述のない王仁が大好きだったりするのですけどね。

 伽耶の話をするのであれば日本書紀から大きく引拠せざるを得ない。
 三国遺事や三国史記よりも日本書紀の記述のほうが詳しい部分があったりしますからね。
 少なくとも日本書紀からの引用がなければ片手落ちもいいところ。
 「伽耶展」をやるのであれば、古代の倭と朝鮮半島の国々の交流を描かざるを得ない。こういう論争に巻き込まれても当然ともいえます。

   さらに引用中に「伽耶七国云々」という話が出てくるのですが、ここも実は省略されてまして。これは韓国版の中央日報でも省略されている部分なのですが。
 実際は以下のような話になっています。

ベヒョンジン 「中央博物館」の伽耶展、「日帝植民史観を展示。監査を請求する」(聯合ニュース・朝鮮語)
また、「(展示内容を見ると)伽耶七国が登場するが、この「伽耶七国」は三国史記や三国遺事に登場していない地名である。特に多羅国は韓国の歴史学者が日本の北九州の地名と指摘するところである」と付け加えた。
(引用ここまで)

 小国である伽耶地域にあった国々は「五伽耶」「六伽耶」「伽耶七国」等々、連合を組んでいたという記述があるのですが、その中でも「伽耶七国」という表記は日本書紀にしかないものなのだそうですよ。

 で、「伽耶七国」とされている中の多羅国は北九州にあったのだそうです。韓国国内の学説では。
 これはいつものように「日本が朝鮮半島に進出した事実はない」という韓国国内の考えが反映されているものです。
 「伽耶七国のうちひとつの多羅国は日本国内にあった。『日本が朝鮮半島に進出した』のではなく、『朝鮮半島から日本に伽耶が進出した』のである」というのが韓国での学説になっているのです。
 任那日本府の否定にもつながるものといえます。
 すなわち、韓国人の自尊心(実際には虚栄心)を満足させるための学説となっている、というわけです。
 「楽浪郡は朝鮮半島には存在しなかった」っていうアレと一緒です。
 広開土王碑文の偽造騒動と一緒ですね。
 古代の朝鮮半島南部は倭の影響下にあったことは中国の史書等を見てもほぼ確定した史実なのだけどなぁ。

 この記事、個人的にはすごく好きですね。
 韓国人の夜郎自大さがわずかな文章からにじみ出ています。
 あと、この記事の描写からここまで楽しんで解説できるのは楽韓Webだけ、といっても過言ではないんじゃないですかね。
 いやぁ、やっぱり国政監査は宝の山ですわ。

この本が多分すごく面白いと思うのだけども読めていない。横書きは勘弁してほしい。