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韓国の全羅南道にある遺跡から人物埴輪が出土される。韓国でははじめて。なお、かつての任那とされていたあたり

カテゴリ:歴史関連 コメント:(120)
咸平古墳で顔の形と推定される埴輪を発見(聯合ニュース・朝鮮語)
全羅南道文化観光財団・全羅南道文化財研究所(所長イ・ボムギ)は栄山江流域マハン文化開発事業の一環として、昨年10月から発掘調査されている咸平金山里方形大型古墳で人物埴輪と動物埴輪の部分を発見したと26日明らかにした。

日本語で「ハニワ」というシクリュン(埴輪)は、土で動物・人物・器物を象形した土器で、日本古墳(古墳)時代(3~7世紀)の大型墳墓の周囲に沿って立てたものだ。

所長は「国内での人物埴輪がの出土であり、最初に、顔と頭の一部を発掘した」とし「目を示すために穴を平行に複数刺し、中央に鼻の部分があったと推定されるが欠落した」と説明した。

続いて「頭部は、日本で確認された人物像と同様に三角形の形に見える」と「鼻の周辺に彫り込み線6つ見えるが、ひげを描いたものと判断される」と付け加えた。
(引用ここまで)

 全羅南道の咸平金山里方形古墳で人型と推定される埴輪がはじめて発見されたとのこと。
 場所は韓国南西部。
 光州広域市のすぐ近くですね。このあたりだったら黄海から湿った風が入るので、古くから稲作もやっていたんじゃないかなぁと思われるような土地柄。
 かつて任那があったとされる(後に百済の南遷で奪われる)あたりの場所です。前方後円墳は全羅北道からも見つかっているので、北限ではないですけどね。

 この遺跡からはかねてから埴輪と思われるものがいくつか発掘されていて、日本と朝鮮半島の行き来が盛んにあったという証拠にもなっています。

韓国で形象埴輪出土 日本の祭礼伝わった可能性(日経新聞)

 日経以外にも記事があったと思うのですが、まあとりあえず。
 韓国ではいくつか円筒埴輪が出土している場所はあるのですが、形象埴輪(人や動物などなんらかの形を象った)埴輪が唯一出土しているのがこの咸平金山里方形古墳。2014年のことです。
 つまり、いわゆる「任那日本府」と日本書紀で記されている日本の勢力圏であったのだろうと考えられる場所なのですね。韓国側からはそんな話は出ないでしょうけども。
 なにしろ韓国側の認識としては日韓歴史共同研究で任那は存在しなかったことになってますから。

 でもま、こうやって「日本の影響が朝鮮半島にあった」ということが出土品からは分かってしまうのです。韓国人にとっては残念なことに。

韓国人元メジャーリーガー「(日本人を爆殺した)ユン・ボンギル義士には『投げる』という共通点で感情移入した」……爆弾魔に共感する……か

朴賛浩「初の韓国人メジャーリーガーの経験で尹奉吉共感」
MBC TVが来年大韓民国臨時政府の100周年を記念して放送する3部作特集に登場した「コリアン特急」朴賛浩が明らかにした参加理由は明瞭だった。

米国に滞在中の朴賛浩は最近書かれたインタビューで「国家代表時代の日本との試合は、当然勝たなければならないもので、LAドジャース時代には韓国のマスコミによって野茂英雄と常に比較された」とし「韓国と日本を扱う放送には目が行った」とも述べた。 (中略)

朴は、特に尹奉吉について感じたことを説明するために最も多くの時間を割いた。

「最も感情移入していた独立運動家は尹奉吉義士です。上海で割り当てられた部屋は尹奉吉の部屋と命名され、次の日には尹奉吉義士が、中国亡命後1年間の職業にしたという洗濯業を私もしました。三日目には、彼の今後の死の道に沿って歩きました。それとともに尹奉吉義士と私の間に共通点があることも分かりました。20代前半で他国に自分の目標のために向かい、何かを投げること勝負をし、その投げるシーンが何万人いる空間であったということです。彼は25歳で祖国独立という重荷を引っ張ったように、私は25歳で通貨危機に失意に陥った国民に希望がなければならないという重荷を背負いました。もちろん、私は尹奉吉義士と比べるところはありませんが、個人的な経験が彼を体験する時間の中で大きな助けになりました。」

彼はまた「三人の娘の父親である私の立場からしてみれば、二人の息子の父親であった尹奉吉義士が毅然と死が予想される道を行ったのが本当に偉大に見えた」と強調した。
(引用ここまで・太字引用者)

 タイトルは煽りとかフェイクだと思った?
 ざーんねん。マジでしたー。

 なんでもMBCの大韓民国臨時政府設立100周年記念番組というものに元メジャーリーガーでオリックスでも投げたことのあるパク・チャンホが参加して、「義士の道を歩む」みたいな番組をやったということなのですが。

parkchanho
(画像は記事より引用)

 記事中のこのポーズ、なんだか分かりますかね?
 韓国ウォッチャーには一目瞭然。ユン・ボンギルが上海で無差別テロを行う前に手榴弾を両手に持って撮った記念写真と同じポーズなのです。
 ちなみに首からなんかメッセージを下げているのも同じ。
 元画像は著作権フリーなので貼っておきましょう。

yunbongil

 さて、よく「日本には嫌韓本があるけど、韓国の書店には反日本なんてない。民度が違う」なんて話を書いている輩がいますが。
 韓国ではこんな風に「日常が反日」「どこもかしこも反日」なのだから、わざわざ本を書くまでもないのですよ。
 浸透度が違うのですね。

 一応、書いておきますが「ボンチャン!」の元ネタになったのとは別人です。

評伝尹奉吉(ユンボンギル)―その思想と足跡
金 学俊
彩流社
2010/01

防弾少年団の原爆Tシャツ着用による出演キャンセルを「政治の犠牲になった」「日本が偏狭なせいだ」とする韓国人……もう徹底的にポリコレ棒で殴り合うしかないな、こりゃ

【取材日記】なぜBTSがスケープゴートにならなければならないのか(中央日報)
偏狭な日本のテレビ局、防弾少年団の出演が相次ぎ白紙に(朝鮮日報)
中止の理由は「BTSが反日活動をしている」という現地の極右メディアの報道内容だ。メンバーのジミンが過去に着用したTシャツのデザインとRMが光復節(解放記念日)に残したツイート内容を問題にした。原子爆弾投下場面がプリントされた衣装や「独立闘士の方々に感謝する。大韓独立万歳」という発言を指摘した。

だが、これはただの言いがかりに過ぎない。ジミンが該当のTシャツを着たのは1年前のことだ。したがって、先月、韓国大法院(最高裁に相当)の強制徴用被害者賠償判決以降、日本国内の反韓感情を意識した措置という解釈が説得力を持つ。世界市場でJ-POPが下降曲線を描く一方、K-POPは常勝疾走していてBTSがターゲットになったのだ。

 ファンクラブ「Army(アーミー)」もSNSで「#LiberationTshirtNotBombTshirt(原爆Tシャツではなく光復Tシャツ)」というハッシュタグ運動を展開している。「米国独立記念日を祝っても反英国と言わないのに、なぜ日本は韓国の独立祝いを反日というか」という記事コメントなどを翻訳して広め、誤解を正している。BTSは「自分自身を振り返り、自分自身を愛そう」というメッセージが込められた音楽で、世界的な人気を集めた。歴史を記憶して継承することがなぜ問題にならなければならないのだろうか。これ以上、文化が政治のスケープゴートになってはいけない。
(引用ここまで)
 日本のテレビ局各社のこうした決定は、日本企業に対する強制徴用賠償判決と無関係ではないとの見方が出ている。独島(日本名:竹島)や慰安婦の問題で韓日関係が冷え込んだ2012年から16年にかけ、「紅白歌合戦」には韓国のアーティストが1組も出場しなかった。米国の音楽情報誌ビルボードや米CNN放送、英国BBC電子版など海外メディアも、「ジミンのTシャツだけが今回の騒動の理由ではない」として、韓日の政治・文化の歴史的背景に注目した。米CNNは「かつて日本の植民支配によって韓国人が苦しめられたことが、両国関係にずっと影響を及ぼしている」と報じた。

 一方、海外各地にあるBTSのファンクラブ「ARMY」は、問題となったTシャツを完売させたり、今回の事態を広く知ってもらうために短文投稿サイト「ツイッター」のハッシュタグを利用して関連の事実を投稿したりしている。「日本の歴史蛮行を海外に知らしめることになった稚拙な自爆行為」などと非難する書き込みに加え、韓国のコミュニティーサイト「DCインサイド」「日刊ベスト貯蔵所(略称:イルベ)」などでは「われわれも日本のAKBメンバーが所属している(韓日合同アイドルグループ)IZ*ONE(アイズワン)のテレビ出演を阻止しよう」と過激な反応も見られる。
(引用ここまで)

 おっと、出てきましたね。
 万年負け犬の自称被害者根性。
 そもそもが原爆Tシャツを着て、自分の政治的主張を行ったのはBTS(防弾少年団)のメンバー自身。
 着たのがいつであろうと、どこであろうと意味はない。
 それを日本人がどう受け止めたのか、ということだけが今回の問題の核心です。

 これを「表現の自由の問題」とする部分もあるでしょうし、それは一定の理解を得られる主張だと思います。
 でも、それを嫌うという表現の自由もある。
 要するに互いが互いのポリコレ棒を持っての殴り合いで、日本側が勝ったということなのですよ。
 連中は「原爆」というものが日本に及ぼす影響を過小評価していたということだろうし、ナチコスプレが欧米でどう受け止められるかということも理解していなかった(ナチについては後ほどエントリ予定)。

 BTSがスケープゴートになったわけでもなければ、日本のテレビ局が偏狭だったわけでもない。
 メディアがこの連中を犠牲者や被害者であるかのように振る舞わせようというのは卑怯だわ。
 自分の過去の行動を正当化するのであれば、本人がそうやって言えばいい。
 「原爆Tシャツではなく、光復Tシャツだ。これを着てなにが悪い」ってね。
 そうすればまた日本人はそいつをどうやって扱うべきかを考えることでしょうよ。
 日本市場を考えてそれが言えない。韓国の国民感情も考えて日本で謝罪もしない。
 ただの卑怯者。
 そんな連中を日本が受け入れなかった、というのが今回の顛末ですわ。
 韓国人は「国民感情を考えろ」と二言目には言い出しますが、日本人にも国民感情ってもんはあるんですよ。

「明治維新は日本が壊しやすい社会だから成功した。李氏朝鮮は強固な社会だったので改革が遅れた」……実際のところを見てみよう

カテゴリ:歴史関連 コメント:(233)
「朝鮮より日本のほうが壊しやすかった…だから明治維新が成功した」(中央日報)
中央日報は日本屈指の明治維新権威である三谷博・東京大学名誉教授(現・跡見学園女子大学教授、68)にインタビューを行った。

4月の対面インタビュー後、3回の書面インタビューを通じて内容を補充した。日本国内の論争ポイントだけでなく、当時の東アジア諸国のうち、なぜ日本だけで維新が成功したのか、日本と韓半島(朝鮮半島)の違いは何だったのかについても光を当てた。

三谷氏は「当時の日本は韓国(朝鮮)に比べて国をひっくり返して壊すことがはるかに容易な構造だった。だから可能だった」と話し始めた。 (中略)

--なぜ日本だけで可能だったか。韓国(当時の朝鮮)との違いは。

「260の藩に分かれていた連邦制的特徴と、天下の権力が天皇と将軍に分かれていた双頭制だったから可能だった。一言でいえば(国の体制を)壊しやすかった。朝鮮の支配階級『両班(ヤンバン)』は地主だったが、日本の大名と侍のほとんどは自分の土地を持っていなかった。土地がない官僚なので、彼らの権益や収入を国が奪いやすかった」

--朝鮮のほうが安定的だったから変化に不利だったという意味だろうか。

「そうだ。朝鮮は王が1人だったが、日本は2人(天皇と将軍)だった。朝鮮は科挙制度と性理学の伝統が強かった。当時の朝鮮の人々は、自身の(政治)制度を変える必要があるとは誰も考えることができなかった。科挙制があり、原則的には誰でも試験を受ければ官僚になることができた。現実はどうであれ、ひとまず『機会の平等』があった。朝鮮は日本より政治制度の整合性が高かった。(壊しにくく)しっかりと体系が整っていたため、結果的に改革が遅れたと考える」
(引用ここまで)

 この記事のタイトルを見て「なんだと!?」って思う人も少なからずいると思うのですが。
 これ、実際の話としてそうなのですよ。
 李氏朝鮮というのは王朝の健全さ、強固さを保つために一切の成長を止めた社会であるという言い方ができるのです。
 実際にそれを企図して政策を行ったのかということはかなり疑問もありますが、結果としてそうなっているのですね。

 崇儒廃仏や僧侶の賤民化も思想というものを殺す手助けになっていると思います。
 儒教を重んじたために商業を卑しいものとして退けた結果、富の蓄積が行えなくなりました。
 豪商や富農が生まれることもなく、通貨すら必要とされていなかった……というか通貨が必要となるほどの通商が国内で行われなかった。
 その結果、王朝を脅かす勢力というものが生まれなかったのですね。
 強固な社会が構築されていたというは正しい解釈だと思います。
 「科挙を誰でも受けることができた」というのは嘘ですけどね。「原則として」とか「現実はどうであれ」とか言い訳してますが。

 それに比べれば日本はかなり柔軟性があり、それぞれの地方というか藩が「国」として運営されていた。
 複数の藩が幕府打倒という方向性でしか日本という国を救えないという志を共通して持つこともできた。産業振興が藩毎で行われていたというのも大きいですね。

 韓国ではなんとかして明治維新150周年を貶めたいという願望があり、こういった「明治維新検証」をよくやっているのですが物事に輝く面もあれば暗い面もあるに決まっているのですよ。
 よその国の歴史をどうのこうのいう暇があったら、自分ところの「ろうそく革命」とやらの後始末をつけたほうがいいように思いますよ。

朝鮮紀行 (講談社学術文庫)
イザベラ・バード
講談社
1998/8/10

韓国の歴史から「北朝鮮による挑発行為」が消えようとしている。朝鮮戦争すら「南侵からはじまった」との記述を消そうと努力中

【社説】北朝鮮の軍事挑発、痕跡削除で金英哲にも免罪符(朝鮮日報)
 韓国統一部(省に相当、以下同じ)がホームページから哨戒艦「天安」爆沈の主犯とされてきた金英哲(キム・ヨンチョル)という名前を削除した。事件当時、金英哲氏は北朝鮮で韓国に対する工作を担当する偵察総局の局長で、米国は金英哲氏を独自制裁のリストに記載している。北朝鮮で天安爆沈や延坪島砲撃などを指示できる人物は当時金正日(キム・ジョンイル)総書記以外になく、それを実行するのは偵察総局だった。ところが今年2月に金英哲氏が韓国にやって来る際、韓国大統領府は「天安爆沈に関する調査結果に誰が主犯だったという内容はなかった」との見解を広めたかと思えば、今度は統一部のホームページから金英哲氏の名前を削除することで、今や彼に対して完全に免罪符を与えようとしている。これに先立ち統一教育院は「北朝鮮に対する理解」という教材の最新版から、北朝鮮による挑発の歴史に関する記述を完全に削除した。

 教育部や国防部なども北朝鮮による軍事挑発に関する記述を消し去ろうとしている。教育部は今年発表された教科書改訂版の執筆基準草案で「北朝鮮による6・25戦争(朝鮮戦争)南侵」という部分を削除したが、批判が高まったため最終試案でやむなく復活させた。 (中略)

国防部は先日、天安爆沈と延坪島砲撃について「偶発的衝突」とも読み取れる内容の国会用資料を作成した。このように北朝鮮による挑発の歴史を次々と記録から消し去っていけば、暴力的で好戦的な北朝鮮本来の姿が見えにくくなるとでも考えているのだろうか。これは掌で太陽を遮るような愚かな行為であり、北朝鮮の挑発で犠牲になった国民が絶対に許さないだろう。
(引用ここまで)

 ……すげえなぁ。
 たった8年前に46人もの将兵が亡くなった事件を「偶発的衝突」で済ませようとしているのか。
 よく楽韓Webでは韓国の現政権について「1984の世界を顕現させている」とかいう話をしていますが、本気で真理省が作られる風景を目にすることになろうとは。
 統計をでっちあげ、歴史を改竄するところまできましたが、次はニュースピークですかね。
 まあ、ハングルオンリーの世界はニュースピークを実践しているようなものですが。

 北朝鮮との連邦型統一の露払いってところですね。
 歴史を均して、かつての衝突をなかったことにする。最低限でも「不幸な事故だった」ことにする。
 どこまでの「北朝鮮による挑発」をなきものにしようとしているかはこの記事からは分かりませんが、朝鮮戦争について「北朝鮮の南侵からはじまった」ことを削除するということであれば、ラングーン事件、大韓航空機爆破事件、朴正熙大統領婦人暗殺事件なんかもなかったことになっているんでしょうかね。
 以前に「そのうち政権内部から大韓航空機爆破事件について北朝鮮の反抗を否定する言説が出てくる」と書いたことがありましたが、さほど遠い未来の話ではなさそうです。

一九八四年 (ハヤカワepi文庫)ジョージ・オーウェル
早川書房
2009/7/18

ソウル大学名誉教授「古代朝鮮こそが東洋文明の起源、中国文明誕生を手助けしたのは韓国だ」……ああ……あの人ね

カテゴリ:歴史関連 コメント:(138)
ソウル大名誉教授「古朝鮮こそ東洋文明の起源、黄河文明にも影響与えた」(朝鮮日報)
「5000年前に現れた古朝鮮文明は、メソポタミア文明(5500年前)とエジプト文明(5100年前)に続き、世界で3番目に形成された古代文明だった。これまで歴史に埋もれ、忘れられていた古朝鮮文明の起源と誕生、社会経済的土台と文化的特性、古代国家の建国と発展、解体を総合的に整理した」

 学術院の会員で社会史学の重鎮、ソウル大学名誉教授のシン・ヨンハ氏(81)が『古朝鮮文明の社会史』(知識産業社)を出版した。シン名誉教授が21世紀に入って集中的に探究してきた古朝鮮研究3部作の最後を飾る著書だ。シン名誉教授は、国家と民族の観点から古朝鮮に光を当て、『古朝鮮国家形成の社会史』(2010年)、『韓国民族の起源と形成研究』(2017年)を既に出版している。

 シン・ヨンハ名誉教授によると、古朝鮮文明は紀元前30世紀ごろ、大同江流域と遼東地域で形成された。氷河期が終わったおよそ1万2000年前、北緯40度線以南の古韓半島(朝鮮半島)で農耕を始めた人々は、世界で初めて短粒種のコメと大豆の栽培に成功した。新石器時代の農業革命の結果として南漢江・錦江流域の集落が大幅に増え、そのうちの一部が、次第に農耕の可能な北方へと移住した。遼河の東に定住した人々はトラをトーテムとするワイ族(ワイはさんずいに歳)になり、遼河の西に渡った人々はクマをトーテムとする貊(ばく)族になった。 (中略)

 古朝鮮は野生馬を飼いならして独特の騎馬文化を発展させ、太陽と祖上神(檀君)を崇拝する共同信仰が発達した。また、韓・ワイ・貊族の部族言語を統合して古朝鮮語が誕生し、これはウラル・アルタイ語族に属する言語の中では最も古い歴史を持つ。従って、西洋文明の始祖とされるメソポタミア文明・エジプト文明に対応する東洋文明の出発点は、黄河文明(3700年前)ではなく古朝鮮文明と見るべき、というのだ。

 シン名誉教授の主張は、ともすれば在野の歴史学者の持論とも似ている。だが韓国と中国の文献史料、考古学の発掘資料、社会学・人類学の理論書、東洋・西洋の研究成果を幅広く活用して学問的に論理を展開しているところに、明白な違いがある。シン名誉教授は「長期持続する古代社会と古代文明を分析する上で極めて有用な、フランスのアナール学派の研究方法論を用いた」と語った。

 同書のさまざまな野心的主張の中でも、実際最も論争になるであろう部分は、通念とは逆に「古朝鮮文明が古代中国文明の誕生に影響を及ぼした」という主張だ。このところ中国が黄河文明の起源と見なしている遼河文明(紅山文化)の主人公が貊族で、古代中国の東海岸に定着した古朝鮮の移住民が黄河文明の形成を大いに助けたのだという。シン・ヨンハ名誉教授は「紅山文化は基本的にクマのトーテム。黄河文明を離陸させたのは商王朝だが、その商王朝を建てた人々が古朝鮮のあった遼寧から渡ってきたことは、中国の大学者、傅斯年も認めている」と語った。
(引用ここまで)

 ああ、この人まだやってたのね。
 シン・ヨンハで楽韓Webを検索すると2件ほどこの名誉教授の話が出てきます。

ソウル大教授「韓民族は移住者ではない。半島から生まれたのだ!」
「古朝鮮は東アジア最初の古代国家」 ~ 『古朝鮮研究』創刊号発行

 上は2017年の記事で、下は2009年の記事。
 ずーっと同じ事を言ってまして。

・韓国人は朝鮮半島の北緯40度以南の場所で生まれたオリジナルの人類。
・アフリカや中国から移民してきたのではない。
・古朝鮮(この場合は檀君朝鮮のことのみを示す)は東アジア最古の国家
・箕子朝鮮・衛氏朝鮮・漢四郡は存在していない。
・それらを経ずに檀君朝鮮からリニアに新羅・百済・高句麗の三国時代に至っている。
・中国の古代文明はむしろ檀君朝鮮の影響を受けている。

 というような「韓国はすごい史観」とでも言うべきものとなっています。
 このあたりは歴史学者ではない、「在野の歴史学者」と呼ばれる連中が述べていることとほぼ同じ。
 まっとうな歴史学者もいて「そんな夢みたいな嘘を並べるのはやめにしろ」とかいう運動も始まっているのですけどね。

 ただ、このシン・ヨンハ名誉教授は「ソウル大学の名誉教授」ですからね。
 言ってみれば「ソンセニム・オブ・ソンセニム」。どんなバカな話であっても、ソウル大学の名誉教授さまが話しているのだから……となってしまうのが韓国社会というものです。

 まあ、こういう「我々は輝かしい歴史を持っている」という詐称には耐えがたい魅力があるのでしょうね。日本でも竹内文書、宮下文書といった「輝かしい古代史があった」とする古史古伝がいくつもあります。
 ただまあ……さすがにそれを国会で開陳して「これで我々は中国が主張する『高句麗は古代中国の地方政権』とする東北工程に対抗できる」とか「中国と東北工程の論争があるのに韓国に不利な記述をする歴史学者は親日派だ」とかいうバカみたいな話は出ていないので、胸をなで下ろすべきかもしれませんが。
 要するに「実際の歴史」が韓国人の中で受け入れがたいもの、なのでしょうね。


韓国で今度は「餓えに苦しむ加藤清正像」が建てられる……目的は日本人観光客誘致……え?

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韓国に加藤清正の像を建てる…苦しむ姿を演出(中央日報)
韓国蔚山(ウルサン)広域市中区(チュング)役所が慶長の役当時、倭軍が建てた城「鶴城(ハクソン)公園」に朝鮮を蹂躪した武将「加藤清正」の像を建てることにして問題となっている。

蔚山市中区役所が日本観光客の誘致などのために鶴城公園に10億ウォン(約1億508万円)の予算を投じて慶長の役当時の姿を再現する工事を行っている。特に、鶴城公園入口に当時朝鮮軍の都元帥・権慄(クォン・ユル)、明国将軍の楊鎬とともに武将・加藤清正の銅像を建てる。1.7メートルの加藤清正像は現在、考証を経て製作中だ。 (中略)

蔚山市中区役所は加藤清像の設置に対して「歴史的に意味のある鶴城公園がスラム化し、市民から遠ざかる現実を取り戻すためのもの」としながら「設置される銅像は権慄将軍と明の楊鎬将軍は騎馬像で蔚山市倭城に進撃する姿であり、加藤清正は島山(トサン)城戦闘で城内に孤立されて水と食糧不足で苦しめられている姿」と明らかにした。

だが、地域社会と政界は「日本がまだ謝罪をしたこともないのに日本の武将の像を建てるのは間違っている」として反発する雰囲気だ。
(引用ここまで)

 さすがに清正公が死んだというような嘘はつけないから「加藤清正が朝鮮で苦しんだ」というような像を建てようってことですか。
 加藤清正が朝鮮征伐でなにに苦しんだって、そりゃ餓えでしょうよ。記事にもありますが。
 蔚山城戦はまだ兵糧備蓄ができてない段階での戦いで、戦闘そのものでは圧勝していたのだけどもとにかく餓えに苦しんだという描写があります。熊本城のそこら中に非常食が蓄えられているのはこのときの経験からだったという話ですね。
 戦闘そのものに関しては2回の攻城戦で明・朝鮮軍は圧倒的にやられてます。

 それでですね。この「苦しむ加藤清正像」を建てて、日本人観光客を誘致したいんですって。
 「苦しむ清正像」目当てに日本人観光客……来ますかね?
 鹿児島にイ・スンシンが島津方によって頭を撃ち抜かれる像とか作るのとそう変わらないのですが、そんなものに魅力があると思っているのやら。
 史実的には「清正公に鉄砲ぶっ放されて数万人単位で戦死する明・朝鮮軍」が実際ですしね。

 ……まあ、いつか倭城跡には行ってみたいと思ってます。
 ですが、記事の蔚山倭城跡に関してはほとんど石垣すら残っていないというような状況だそうです。西生浦倭城は比較的保存状態がいいらしいという話なので、こちらには行ってみたいなぁ。
 以前、「韓国人は熊本城を韓国人が作ったと思っている」というエントリを書いていますが、これらの清正によって築城された倭城が熊本城に似ているという部分もあるのかなぁ……とか思っていたり。
 仮設的なものではなく本格的な城だったという話ですしね。

 記事では反対の声も大きいのですが、朝鮮征伐で都一番乗りを果たした猛勇の将であることがなんとなく知られているからかもしれませんね。
 虎退治のエピソードはけっこうポピュラーだという話。

こんな本があったとは知らなかった。
倭城を歩く
織豊期城郭研究会
サンライズ出版
2014/11/20

驚愕! 日本の併合に抵抗して14万人の「大韓帝国軍」が存在していた!? そして抵抗戦争を繰り広げていたのだ……どこの時間軸の話ですかね?

カテゴリ:歴史関連 コメント:(203)
大韓帝国は無気力に滅びたのではない(中央日報)
大韓帝国に対する新たな研究は2000年ごろに始まった。以前はさげすむばかりだった。亡国の責任をすべて押し付けられた高宗(コジョン)と彼の時代は嫌悪の対象だった。恥ずかしく頭の痛い過去だと思い込み、振り返ってみようとさえ思わなかった。2000年、李泰鎮(イ・テジン)ソウル大名誉教授が出した『高宗時代の再照明』が新たな突破口を開いた。その後、韓永愚(ハン・ヨンウ)ソウル大名誉教授、徐栄姫(ソ・ヨンヒ)韓国産業技術大教授などが相次いで大韓帝国関連の新しい研究の流れを継承していった。

黄台淵(ファン・テヨン)東国(トングク)大教授(62)の新刊『百姓の国 大韓帝国』『甲辰倭乱と国民戦争』は、そのような流れに乗ってはいるが、研究の量と質で従来の作業を圧倒している。著者はこれに先立ち、昨年『大韓民国国号の由来と民国の意味』を、ことし1月には『甲午倭乱と俄館亡命』を出した。ともに大韓帝国関連の本だ。執筆中の『韓国近代化と政治思想』も来年出版する予定だ。これらの本を通じて、大韓帝国に対する誤解とさげすみはこれ以上幅を利かせることはできなくなると著者は自信を持つ。 (中略)

1894年6月、甲午倭乱の時に侵入してきたが、明成(ミョンソン)皇后殺害に怒った百姓(ペクソン)の武装蜂起と、高宗(コジョン)の俄館亡命で一時退却した日本軍は、1904年(甲辰年)2月に再び侵入して韓半島(朝鮮半島)全域を占領した。日帝の全面侵攻に国軍と民軍(義兵)が力を合わせ、全国各地で6年間にわたってすさまじい「国民戦争」を繰り広げて抵抗した。その時敗北したからと言って、大韓帝国国軍をただの烏合の衆だと下に見るべきではない、と著者は言う。1901年、すでに韓国軍は日帝以外のアジアのどの国も持てなかった3万大軍の「新式軍隊」であり、乙巳勒約(第二次日韓協約、1905年)以降、3万国軍と民軍が合わさって組織された国民軍は14万1815人に達した。清軍とロシア軍に勝った日本軍に戦いを挑み、戦いらしい戦いをした軍隊は、その後米軍を除いては大韓帝国の国民軍しかなかったが、このような事実を私たちは知らずにいる。
(引用ここまで・太字引用者)

 清、ロシアに勝った日本軍に正々堂々と戦いを挑んだ韓国人14万1815人。
 ずいぶんとまぁ、細かい数字まで分かっていることで(笑)。
 この14万人という数字、ざっくり現在の陸上自衛隊の隊員総数と同じです。
 ちなみに日露戦争で満州、シベリアに駐留していたロシア陸軍が16万人。
 当時の日本の1個師団は1万8000人前後で、日露開戦時には13個師団が存在して23万人。
 同規模とまでは行きませんが、充分に戦いえる陸軍が韓国には存在していたのですねぇ……ってアホか!

 8個師団相当の陸軍がいてその装備や兵站をどうしていたんだって話ですわ。
 軍というのは上意下達で命令系統が整備されていなければ存在できない存在です。
 官僚組織が存在していなければまともに動かないのですよね。
 「○○隊はどこそこへ行って○○を目的とせよ」という連絡体系ができているべきだし、それがなかったら軍とはいえない。
 しかも14万人。
 歴史的に隠蔽できる数ではないのですよね。どこでどんな戦闘行為があったのやら……。
 「従軍慰安婦」と同じことです。

 韓国人的にはどうしても日本と戦ったという歴史がほしいし、できたら勝ったという歴史がほしい。
 なので山賊の襲撃ていどであった「青山里の戦闘」を大げさなものにして建国神話に組み入れたりしているのですが。
 そして、その戦闘を指揮したことになっている人物の子孫が大きな顔をしていたりもするのです。
 今回もその発作の一環ですね。
 どうしても「輝かしい歴史を持っていた韓国」「日本の横暴に最後まで抵抗した韓国」という歴史がほしいのです。
 これといった抵抗もなくすんなりと併合を受け入れたと言うことにはしたくないのです。まあ、実際にはすんなりと戦闘行為すらなく受け入れることになったのですけどね。

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語(通常版) [Blu-ray]
アニプレックス
2014/04/02