日本の独島挑発、背後には米国があった[韓国の歴史を変えた今日](ノーカットニュース・朝鮮語)
サンフランシスコ平和条約は1951年9月8日、米国を中心と連合国が敗戦国日本の地位を明確にするために締結された。
1945年8月15日、日本が戦争の敗北を宣言して6年1ヶ月ぶりであり、47年3月20日条約「スケッチ」が出て、4年6ヶ月ぶりだ。
条約の第1章は戦争終了と日本の主権回復。2章では、韓国の独立を認めと韓国の領土放棄だ。
日本が独島が「自分の領土」だと言い張る根拠とすぐ2章の「領有権放棄」条項である。
原文はこうだ。
「日本は韓国の独立を認め、済州島、巨文島、鬱陵島を含む韓半島とその付属島嶼のすべての権利、資格、領有権を放棄する」
日本はまさにこの条件に放棄対象に「独島」が明示されていない独島は日本の領土だという立場だ。
(中略)
このように、独島領有権紛争で、私たちが見落としていた非常に重要な問題がすぐに米国の役割だった。
独島研究の権威である梨花女子大学ジョンビョンジュン教授はCBSノーカットニュースとインタビューで、「独島問題は、米国の影響力から派生した問題」と断言した。
彼は「韓国にも力がなく、日本でも力がないから、米国に頼って解放を試みようとしていた」とし「米国が決めたところにより、地域の政治秩序が作らられていた時代だっただけに、独島問題も米国の(意思決定)の範囲内に入っていたのだ」と語った。
彼は当時、米国の独島関連の意思決定が北東アジアの力学関係の変化と結びつい出して見るべきだと重ねて促した。
彼は「北東アジアの政治秩序が冷戦の構図に再編され、米国としては(日本を足がかりに)中国、北朝鮮などを封鎖しなければならないと判断した」とし「日本と接している国がすべての東アジア諸国たちだから、日本に有利な方法で(領土問題を)放って置いた」と強調した。
(引用ここまで)
韓国のオンラインのみのニュースサイトであるノーカットニュースによる「アメリカが背後にあるから、日本は独島に対して挑発を繰り返している」との解説記事。
中略部分にはサンフランシスコ条約で韓国に対して竹島が返還されるべきか否かが草案でひっくり返り続けていたことが語られています。
こうしたサンフランシスコ平和条約関連の記事が出る際に、ほとんどの場合でラスク書簡の存在は無視される不思議。
実際にニュースサイトで「ラスク書簡(러스크 서한)」で検索しても、異様に少ない数の記事しか出てこない上に「ラスク書簡は秘密文書に過ぎない」とか、ホサカ教授による根拠のない「ラスク書簡は無効」とするようなものくらいしかない。
要するに見たくないものなので無視されているのですけどね。
そもそもサンフランシスコ条約に韓国は何度も干渉しようとしています。
署名国(戦勝国)として参加しようとし続けていたという経緯もありますし。
竹島についても1951年の7月に「返還される領土として独島を記してほしい」と求めたものの、アメリカは無視して、サンフランシスコ条約の最終版に「日本は済州島、巨文島、及び、鬱陵島を放棄すること」という記述に収めている。
このあたりのやりとりも韓国では書かれないことが多い。
竹島については「韓国の要望がことごとく無視された」というのが実際です。
当時の国際的な意思として「竹島は日本に所属する領土である」という決定が為されていた。
それに反抗する形で条約発効直前に李承晩が竹島に侵攻した、というのが歴史的事実。
それを「日本の独島挑発の背後にはアメリカの影がある」としているのはなんというか。
事実誤認も甚だしい、というところですかね。
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