韓国では他人が作った法を守ることを、「従うこと」、弱い人がするものだとする考え方があります。もともと韓国では、「官尊民卑」といって、法律は権力を持つ人間が自分勝手に操るものだという考えが強く根付いています。だから、法律に違反するものでも、大衆が望むなら、そのほうが「上位」にあるべきだ、と考えます。
特に、権力者たちに向ける大衆の怒りは、法律に反していてもかまわない、どうせその法律は権力者が自分に有利に作ったものだから、という「理解」が先行してしまいます。 (中略)
さて、ちょうど韓国から帰ってきてブログ更新を再開した直後ということもあって、「心理的G8」関連記事はかなりの数を読んでみましたが、「で、G7(G8)になったら、何をするのか、何がしたいのか」については、何も書かれていませんでした。 (中略)
そんな中、とても率直に書いた記事があります。5月19日の『毎日経済』ですが、そこにはこうなっています。「G8になれば、規則に従う側から、規則を作る側になれる」。そう、これでしょう。官尊民卑と書いていないだけで、これです。韓国で生まれ育ちながら見て聞いた経験のすべてをかけてもいいです。これです。
(引用ここまで)
シンシアリーさんの新刊、「韓国人として生まれ、日本人として生きる。」が昨日発売されて、そのプロモーションの一環としていくつかの章が公開されています。
で、今回は「韓国がG8としてG7に加入したがっているのは『規則に従う側から規則を作れる側になれる』からだ」としています。
なるほど、「心理的G8」「実質G8」についてはさまざまな考察をしてきましたが、これくらいきっちりとハマる考察はちょっとないですね。
以前、ハイパーループ開発に韓国がこだわる理由として、「高速鉄道ではすでに先行技術を得られてしまって輸出できなかった」「ハイパーループではなんとしてでもその轍を踏まずに先行しなければならない」とするものがありまして。
これもちょっとつながっている感じですね。
標準を掴み取らなければ従わされるほうになる、っていう。
そうした意識が感じられるものでした。
あとはまあ、約束も法もマニュアルも守らないいつものアレですね。
横断歩道だろうが学校の前だろうが一時停止なし。
歩行者のいない横断歩道前で一時停止をする車は10台に1台だけ。
スクールゾーンだろうが一時停止線を守らず、「一時停止線を守る車が10台いたら、10台目の運転手にサプライズプレゼント!」とのバラエティ番組の企画で「誰も止まらなかったので成立しませんでした」ってなるオチ。
そうした補助線を得るとセウォル号が過剰積載で沈没したことも、毎度毎度鉄筋が足りなくてビルが崩壊することも理解できる……理解……うーん。
理解はできなくても「ああ、そういうことになるのか」と納得できる部分もなくはない……くらいの感じにはなるのではないでしょうか。
「G8になって秩序構築側に廻りたいのだ」とする話と、韓国人が法もマニュアルも約束も守ろうとしない話が結びつく。
ウォッチャーとしてこうありたいものですね。
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